じゃないからってあか

じゃないからってあからさまに避け、愛している八郎君にくっつくことないじゃないか」

 

 刹那、俊春が立ち上がって弾劾してきた。

 

「い、いや、避孕藥 なにをいって……」

 

 そんなつもりは毛頭ない。まったく?たぶん、たぶんまったくない。いや、俊春がじゃないとかそういう理由で避けたわけじゃない。だが、伊庭を愛していてくっつくとか、それもないない。

 

 まったくないない……?

 

 ってか、なにこの展開?

 

 混乱のきわみのなか、副長の「兼定、こい。おれが許す」という召喚の呪文とともに、相棒が窓を華麗に飛び越え室内に着地した。

 

 相棒の黒くつぶらなが、こちらをにらみつけている。それが、室内の灯火の灯を受けてはっきりみてとれる。

 

「お、おれが悪うございました」

 

 これまでの経験から、さきに謝ったもん勝ちだということを学んでいる。

 

 ゆえに立ち上がってまずは俊春に、それから俊冬と相棒に深いお辞儀とともに謝罪した。

 

 そんなおれの謝罪をよそに、俊春は相棒にさっとちかづいた。軍服のポケットから手拭いをだし、四本の脚をせっせと拭いてから体も拭いてやった。

 それから、床についている肉球の形をした泥も拭いてまわった。

 

 なんて甲斐甲斐しいんだ。

 

 こんなできた男を彼氏にすれば、風邪をひいたり怪我をして動けなくなったら、それこそ痛いところに手が届く勢いで甲斐甲斐しく世話をしてくれるにちがいない。

 

 いや、それだけではない。老後の世話も完璧だろう。身体介護に家事援助、入浴介助やの世話まで……。

 

「きみ、なにをいいだすかと思えば。なぜぼくがきみの下の世話までしなきゃならないんだ?」

 

 どうやら、床についた泥を拭きおわったようだ。

 俊春は、立ち上がりながらまたしても文句をいってきた。

 

「例えばの話だよ。ほめているんだ。すっごく面倒見がいいんだなって。ってか、おれの心の声をきくなよ、感じるなよ」

「逆ギレだ。みっともない。ねぇ、兼定兄さん?」

「ふふふふふふんっ!」

 

 相棒は、あいかわらず塩対応である。

 

 だが、相棒はみんなといっしょにいれて、どことなく機嫌がいいみたいに感じられる。

 

 一瞬、明日からの出撃も連れていけないかなってかんがえてしまった。

 

 艦長の甲賀、それから海軍奉行の荒井に頼めば、もしかして連れていけるかもしれないだろうか。「それは、どうだろうか」

 

 俊冬が、俊春とおれに座るよう掌で長椅子を示した。

 

 おれたちが座りなおすと、相棒はあたりまえのように俊春の横にお座りをした。

 しかも、床にではなく長椅子の上にである。

 

 って、三人掛けの長椅子に三人プラス一頭?

 いくら俊春がちっちゃいからって、これはきつくね?

 

「だから、ちっちゃいって思わないで。きみを駆逐したくなっちゃうから」

「だから、おれの心の声を感じるなって」

「主計は、誠にたのしそうだな」

 

 俊春といい合っていると、横から伊庭がいってきた。

 

「いえ、八郎さん。そこ、おおいなる勘違いですから」

 

 伊庭がせっかくいってくれたが、ツッコんでしまった。

 

「回天に乗せたっていいのではないか?おれが荒井君と甲賀君に頼んでみよう。兼定もの隊士だからな。だれかさんよりよほどいい働きをしてくれているって説明すれば、むげには断れんだろう」

「ほら、利三郎。副長に嫌味をぶちかまされているぞ」

「おまえのことだよ!」

 

 野村にいった瞬間、伊庭をのぞく全員にツッコまれてしまった。

 

 相棒も、口吻をもぞもぞさせている。

 

「いやー、主計は誠に愛されているんだな」

 

 伊庭のさらなる勘違い。

 

 ってかもしかして、伊庭って遊撃隊でイジメにでもあっているのか?みんなのおれにたいする酷すぎるあつかいが愛されているように感じられるほどのイジメに、かれはさらされているんだろうか?

 

「ちょっ……。八郎さん、おれは愛されていませんよ。いじられいびられいじめられているんです」

「それが、愛されている証拠なんだよ」

「は、はあ……」

 

 蘭方医の松本にもおなじようなことをいわれた。たしかに裏返しってやつで、愛されているからこそのいじりいびりいじめなのかもしれない。

 

 だがしかーし、おれの場合はその理論にはあてはまらないような気がしてならない。

 

 つまり、そのまんまってことだ。

 

「わお!兼定兄さん、いっしょにいけるね」

 

 そんなビミョーなおれの気持ちに気がついているくせに、俊春はめっちゃうれしそうにしている。

 

「それにしても、仏蘭西軍の士官たちとうまくいけばいいのですが」

 

 伊庭が、をあらためていった。

 

フランス軍士官たちは、わんこがムダにマウントをとりまくったからね。にちょっかいをだしてくることはないだろう。だが、今井はわからない。今夜のことは、今井の耳にはいるだろう。自分がやっつけたわけでもないのに、フランス軍士官たちにでかい面をするにきまっているから」

「ちっ!とんだ腐れ縁だな」

 

 副長は、俊冬の推測にあからさまに嫌悪感を示した。

 

「じつは、わたしも今井さんは苦手です。自分がだれよりも有能だって勘違いされているようですからね」

 

 伊庭である。

 さわやかな