のわりには、ずいぶんと辛辣である。
「かれは、死ぬのかな?」
しかも、さわやかな笑みとともにきいてきた。
「残念ながら、婦科檢查 死なないらしい」
「蟻通先生。残念ながらって、そんなこといってはダメですよ」
「残念じゃないのか?あんなとんでもない野郎が生き残るって、不公平ではないか」
おれのダメだしに、蟻通ではなく島田が応じた。
のことを悪くいわないかれにしては、めずらしいかもしれない。
「まあ、あくまでも史実では生き残ることになっているっていうだけです。それに、いまはあんなでも、将来かれは改宗してクリスチャン、もとい伴天連になります。善人に生まれかわるってわけです」
「伴天連に?将来は兎も角、。仏蘭西軍士官にというよりかは、にたいしてではない。おれ個人にたいしてだ。ったく、ちかいうちに寝首をかかれちまうかもな」
副長は椅子の背に背中を預け、嘆息とともに不吉な言葉をつむぎだした。
室内が静まり返った。
また雨が降りはじめたらしい。窓ガラスをたたく雨粒の音が、いやにおおきくきこえる。
この場にいる全員が、いまの副長の言葉についてかんがえているのだろうか。
そうだとしたら、そのさきのこともかんがえているのだろうか。
たとえば、今井に寝首をかかれるまえにこちらがかれの寝首をかく、なんてことを。
「だったら、宮古湾で今井のすっとこどっこいに斬りこませちゃいましょうよ。かっこいい野村利三郎ではなく、今井すっとこどっこいが間抜けにも甲鉄においてけぼりを喰らう。わお!これ、グッドアイデアだ」
野村である。
おまえ、ぜったいに現代からやってきているよな?
たとえば、青いにゃんこ型ロボットのタイムマシンをつかってとか。
「やめろ、利三郎。おれを誘惑するな」
副長がソッコーでたしなめた。
「利三郎、なにも今井を英雄に祭り上げることはない。どうせ死んでもらうのなら、恐怖を味わい、屈辱にまみれ、死にたくないと切望する状況のなか、苦しみながらじわじわと死んでもらうのが筋だろう」
って俊冬、いまのその台詞、すごすぎないか?
しかも筋って、いったいどういう筋なんだ?
「たまもやめろ。ますますそそられる」
そして、副長である。
副長、じつはやらせたいって思っているんじゃないですか?にたいして、一物ありすぎるみたいだからな」
「いや、勘吾。 今井の死についての考察はひと段落し、明日の打ち合わせをおえてから解散となった。
といっても、島田らは伊庭と安富らの部屋に泊めてもらうことになっている。適当に分散し、それぞれの寝床へと散っていった。
「おまえらもここに泊まれ」
副長は、みんなにつづいてでてゆこうとする俊冬と俊春と相棒の背に声をかけた。
「お言葉だけいただきます」は、同時に振り返った。
俊冬が拒否った。想定内の返答である。すると、副長は立ち上がって窓のほうへ体ごと向いた。
「みろ、雨だ。まさか、今宵まで鍛錬をするつもりではないだろうな?」
「つねに動いておかないと、調子が悪くなって死んでしまうのです」
「って、マグロかいっ!」
俊冬にツッコんでしまった。
マグロは、生涯ずっと高速で泳ぎつづけるというすっげー魚である。なんでも、泳ぐのをやめると窒息してしまうのだとか。ゆえに、泳ぎつづけなければならない。眠るときも代謝をすこし低くし、速度を落として泳ぎつづける。
壮絶な一生を送らなければならないわけである。
「ったく。どこかのだれかさんに見習ってもらいたいよ。というよりかは、おまえらがどこかのだれかさんを見習ってほしいもんだな」
「どこかのだれかさんって……。ご自身のことですか……、イダッ!」
副長にツッコむと、またもや拳固を喰らった。
「なにゆえ、すぐに暴力に訴えるのです?このままでは、おれの頭が悪くなってしまいます。ってそこ、元々悪いなんてこと思うんじゃない」
俊春がかっこかわいいに笑みを浮かべたので、釘をさしておいた。
「暴力でなきゃわからぬからだ」
「はあ?おれは、そんなにわからずやでも物分かりが悪いわけでもありません。だいたい親父にだって殴られたことがないのに、副長はしょっちゅう殴るじゃないですか」
ちょうどいい機会である。上司のパワハラを糾弾しておこう。
いまでは、
をみあわせてからその誘いにのった。
これもまた意外である。
「ならば、とっておきのものを淹れてきましょう。松前に滞在している外国、いえ、異国の商人から譲ってもらったものです」
俊冬がいい、俊春とつれもってでていった。
まさか、そのままとんずらするんじゃないのか?って一瞬疑ってしまった。
しかし、相棒は副長の部屋に残るようだ。しかも部屋のなかをとことこあるきまわり、寝心地のよさそうなところを探し、ついにみつけたようである。
そこはなんと、この部屋のなかで一番高価な一人がけの椅子であった。
骨董品っぽさ全開で、座るところも背もたれもビロードにおおわれている。めっちゃでかい椅子である。
相棒は、さっそくそこに『よっこいしょ』とばかりにあがり、四つの肉球でビロードを踏み踏みしてから伏せの姿勢になった。
その豪奢な骨董品まがいの椅子は、大型犬が伏せをすることができるほどおおきな椅子なのである。
「あの……。すみません」
本来なら、その椅子は副長が座るはずである。なのに、相棒がとっとと寝床認定してしまった。
一応、相棒の散歩係である、もとい相棒の相棒なので気を遣ってしまったのだ。
おずおずと副長に謝罪をした。