をわずかにうしろへ

をわずかにうしろへひいてかわした。と同時に、三本しか指のない掌があがった。人差し指だけが立っていて、左右からのパンチをその指一本で払ったのである。つまり、わずかにはやい右側の拳を俊春の人差し指が払い、ついで左側の拳をおなじ指がはらった。

 

 どちらも、子宮內膜異位症 俊春の人差し指が軽く添えられた程度のように感じられた。が、パンチを繰りだした左右の士官たちは、宙に浮いて体をひねりながら床にたたきつけられた。

 

 トリはニコールだ。

 

 かれは、気合の咆哮を発しながら俊春に突進した。拳をあげてわずかにひき、そのまま繰りだす。ボクシングでいうストレートパンチってやつだろう。

 しかし、俊春の懐に入ったと同時にその軌道がかわった。突如、ニコールの上半身が軽く沈んだかと思うと、脇をしめて拳を下から突き上げたのだ。

 

 アッパーカットってやつか?

 

 しかし、俊春はよんでいる。まったく動じることはない。ついでに身じろぎ一つすることもない。さきほどとおなじ人差し指一本で、ニコールが放った強烈なアッパーカットを受け止めた。ただ、さっきとちがうのは、ニコールがふっ飛ばなかったことである。

 

 すべての動きがとまった。

 

 ニコールは、腰が抜けたように両膝を床につけている。さきほど俊春の人差し指で払われた拳を、もう片方の掌でおさえている。

 

 かれの体がブルブルと震えているのが、はっきりとわかる。

 

 俊春がフランス語でなにかいいだした。それを、俊冬がトランスレイトしてくれる。

 

「ぼくらは味方だ。たがいに敬意を払わねば、共通の敵に立ち向かうことができない。ましてや、撃ち破ることも。これまでのことは水に流し、たがいに理解し合っておなじものをみてもらいたい。それができないのなら、皇帝ナポレオン三世のもとへかえっていただく」

 

 同時通訳がおわったあとでも、だれもなにも反応しない。

 

 動きといえば、ニコールの体が震えているだけである。

 

 そのかれの額に、俊春の人差し指が突きつけられている。

 

 フランス人たちは、『ちっちゃいガキ』の凄まじすぎるパワーをみせつけられ、体感しまくり、ついにそのまえにひれ伏した。

 

 俊春は何度もうなずいて了承するニコールを睥睨し、人差し指の恐怖からかれを開放してやった。

 

 それから、俊冬とともにあるいてきて片膝をついて控えた。その控える相手とは、もちろん副長である。

 

 すっげーパフォーマンスを披露した上で、副長を持ち上げまくったのである。

 

 しかも、いまここには何か国かの商人や政府関係者もいる。

 

 敵味方だけではなく、そういう各国のVIPにまで副長の偉大さを示したも同様である。

 

 どうせ副長の中身はわからないのである。こういうおおげさなパフォーマンスをすることで、かなりの効果がみこめるであろう。

 

 ってまた、さも偉大なように祭り上げられている副長ににらまれた。

 

 それは兎も角、ある意味では今井の騒動があったおかげで、仏軍と一つになれるかもしれない。

 

 スッゲー意味のある宴であった。 

 

 ちなみに、俊春にしてやられた士官たちに、たいした怪我はなかった。

 

 打撲程度ですんだようだ。

 

 

 

 隊士のおおくが称名寺へもどっていった。

 

 副長の部屋であらためて明日の打ち合わせをしてから、ダベろうということになった。

 

 で、宴のあとに副長の部屋にしけこんだというわけである。

 

 なにゆえか、伊庭もついてきている。

 

 まぁ、そこはまったく問題なし。いくらでもついてきていい。っていうかついてきてくださいってくらい大歓迎である。なんなら、副長の執務室を譲ってもいいくらいだ。

 

 安富だけは、しばしお別れになるからと沢と久吉とともにねぐらにしている馬房の仮小屋へともどっていった。

 

 安富がしばしお別れするのは、馬たちであることはいうまでもない。

 

「みましたか?いやー、さすがぽちだな。連中、ボコられて泣きべそかいちゃってさ。ざまぁって感じで、まじスカッとしたわ」

 

 副長の執務室にはいって長椅子にそれぞれ腰をかけた途端、ついてこなくていい野村がついてきて俊春をもちあげはじめた。

 

「マジかっこよかった。しびれたよ。クールすぎる」

 

 絶賛をつづける野村をみながら、隣に座す俊春の注意をうながしてから口の形だけで尋ねてみた。

 

「なぁ、まさかあいつも現代からきたってことないよな?」

「わからないよ。だとすれば、別ルートじゃない?」

 

 野村は、あまりにも現代人すぎる。

 

 なんか超自然に現代人のしゃべり方になっているし……。

 

「利三郎、やめないか。かようにぽちを褒め称えても、掘った穴から大判小判がざっくざくでてくるわけでも、でっかい葛籠から金銀財宝が飛びだしてくるわけでもないんだぞ」

 

 副長が執務机から苦言を呈した。

 

 なんかビミョーにお話がちがっている気がするが、ここでツッコもうものならまたしてもパワハラをかまされてしまう。

 

 ゆえに、グッとがまんした。

 

 ツッコめないのは、関西人にとってはある意味苦行である。