がおこったのである。

がおこったのである。

 

 わりと騒がしかった会場が、その二つの怒号で一瞬にして静まり返った。

 

 怒号は、それだけではない。さらにつづいている。

 

 それどころか、朱古力瘤 だんだん激しさを増していくようだ。

 

「揉め事のようです」

 

 俊冬が副長に告げた。耳のきこえない俊春も、不穏な空気を感じてそちらのほうにを向けている。

 

 相棒は、さすがにこの会場に入ることはできない。それでも、壮行会がはじまるまえに俊春が厨で飯とみそ汁とでぶっかけ飯をつくり、それに沢庵をそえてだしてくれた。

 

 いまごろきっと、相棒は会場のすぐちかくでぐっすり眠っているであろう。

がかかわっているのなら兎も角、関係のない

「放っておけ。が揉めているのなら、なにもおれがしゃしゃりでる必要もなかろう」

 

 副長はそういったが、結局しゃしゃりでなければならなくなった。

 

 揉めているのが、明日出撃する者どうしだったからである。

 

 榎本が副長のもとに士官をよこし、丸くおさめろという。

 

 おろらく、俊冬と俊春が通訳できるということもあるのであろう。

 

「ちっ!人づかいのあらい人だ。っていうか、なにゆえおれが尻拭いをせねばならぬ?だったら、総裁たる自身がすべきだろうが。ええっ?」

 

 副長がくさるのは当然だ。それに、そのとおりでもある。

 

 ここは、榎本自身がおさめるべきなのだ。そのほうが、かれ自身の株があがる。

 

 しかし、かんがえようによっては、副長がおさめることで副長の株をあげることができる。

 

 そのことに、副長自身も気がついたようだ。

 

「仕方がない。ぽちたま、頼む」

「承知」

 

 副長はおれにニヤッと笑ってみせると、俊冬と俊春に声をかけて騒ぎのほうへとあるきだした。

 

 俊冬と俊春がまえに立って人の波をかきわけ、そのうしろを堂々とあるいてゆく副長は、じつに貫禄がある。

 

 そうと気がついた将兵たちは、すぐに左右にわかれて三人に道を譲る。

 

 将兵たちは、イケメンの副長と俊冬、それからかっこかわいい俊春をみ、名をしらずともその威容に羨望の眼差しを送っている。

 

 おれたちは、その副長のあとにつづいた。

 

 おまけ感がぱねぇ。

 

 ちかづくにつれ、おおよその事情はわかった。

 

 騒ぎの元凶のフランス軍側は、この戦いを発案した士官候補生のニコールやクラトーほか屈強なフランス軍の脱走兵たちである。そして、日本人側は、の天敵であるといっても過言ではない、今井を筆頭とした幕臣たちのようだ。

 

 今井は、隣人を愛せないばかりか遠い国からやってきた異国人を愛する度量ももちあわせていないらしい。 俊冬がフランス語で声をかけると、フランス軍兵士たちが自国語でいっせいになにかわめきはじめた。

 

 今井ら幕臣たちも負けてはいない。

 

 副長の姿をみたとたん、なにゆえか副長をディスりだしたではないか。

 

 それにしても、言葉がわからない者どうしでよくも口喧嘩できるものだ。

 

 ある意味感心してしまう。

をみただけでテンションが下がったようだ。

 

 うん。わかります。

 

 今井なら、口喧嘩でも殴り合いでも勝手にどうぞ、っていいたい。

 

 今井をはじめとした幕臣たちは、口々にわめいている。

 

 あいにく、副長もおれも島田たちも、聖徳太子ではない。ゆえに、それぞれの言葉をききとれるわけもない。

 

 しかし、おおよその察しはつく。

 

 フランス軍士官たちが侮辱した。だから、非を唱えたというようなところか。

 

 あるあるすぎる。

 

 こうした場だけではなく、いろんなシーンでよくあるパターンだ。

 

「今井君、どうしたんだね?」

 

 そのとき、人垣をかきわけてあらわれたのは、今井の直属の上司であり衝鋒隊の隊長を務める古屋である。すぐうしろに、軍服ではない白色のシャツにズボン姿の男を伴っている。

 

 その男とがあった。向こうが軽く目礼をよこしてきたので、こちらも目礼を返した。

 

 すぐにピンときた。ウィキには晩年の写真しか載っていないが、穏やかで知的な顔つきは古屋の実弟にしてこの箱館政府で箱館病院の院長を務めるその人にちがいない。

 

 かれは、赤十字運動の先駆者ともいわれている。

 

 なんとなくだが、蘭方医にして将軍の侍医も務めていたと雰囲気が似ている。

 

 もちろん、性格はちがうだろう。

 医師、というくくりにおいての雰囲気である。

 

「こいつらが無礼を働いただけです」

 

 今井は、そういってフランス軍士官たちを指さした。が、

 副長は、今井の