の古くからいる隊士たちは、堪能しすぎていまではそれをフツーに思っている。なぁ、ぽちたま?」
副長は、洋風の豪華な椅子の背に背中をあずけた。
まるで異世界物にでてくる、イケメン貴族みたいである。
副長の苦笑まじりの問いに、子宮環 隣に控える俊冬とおれの横に座っている俊春が同時に不敵な笑みを浮かべた。
「わたしは、ここ数日間風邪をこじらせます。高熱で寝込むことにします。新撰組の一員として加えてください。ねっいいでしょう、歳さん?」
伊庭は、副長にとろけるような笑顔でねだった。
「くそっ!八郎、総司から入れ知恵されただろう?」は、近藤局長と副長にとって弟以上の存在である。伊庭も、沖田とは流派をこえたつながりがあったらしい。
つながりがあったというのは、当然そういう関係ではない。
「大昔に、ですけどね。総司君がいっていました。歳さんを落とすには、甘えまくればいいとね」
伊庭がしれっと白状した。
によるんだよ。おれは、もともと八郎や総司に弱い。そして、こいつらはおれをうまくおだてたりすかしたりする要領を心得ている。だがな、主計。おまえはちがう。いくら甘えられても、響かねぇ。それどころか、不愉快なだけだ」
おれのだだもれの思考に、副長がソッコーでダメだししてきた。
「ひ、ひどい。ひどすぎます」
泣きべそをかくと、室内に笑い声が満ちた。
「八郎。わかった、わかったよ。だが、人見さんにごまかしはきかぬ。おまえを添え役の一人として同道させたいと人見さんに申しでる。それでいいな?」
「やったあ!歳さん、恩にきます」
うれしそうな伊庭をみることができて、おれもうれしい。
「おくれてしまって、アイム・ソーリー」
そのとき、ドアが思いっきり音たかくひらいた。
いまごろあらわれたのは、今回の海戦の主役である野村である。
誠に呑気なものだ。
それにしても、野村はいったいなにをたくらんでいるのだろう。
そこのところが不可思議であるが、どうせチートっぽいことをたくらんでいるにちがいない。
おれだけでなく、その場にいる全員が同様に胡散臭く感じている。
全員が、遅刻のいいわけをちんたら連ねる野村をみつめていた。
その夜、榎本総裁主催の壮行会がひらかれた。
明日、宮古湾へ出撃する全将兵はもちろんのこと、出撃しない将兵もあつまった。それだけでない。日本人や異人を問わず、外部から豪商などのスポンサーや協力者も多数招かれた。
ちょうど雨の谷間であったこともさいわいした。
おおくの人々があつまってくれた。
場所は、松前城の大広間をぶち抜いて拡張してつくった臨時の会場である。
当然のことではあるが、壮行会にでている飲食物をはじめとした物資も、スポンサーなどの懐からでている。つまり、スポンサー自身が、とりあつかっている商品を準備して提供してくれたというわけだ。
壮行会の形式は、現代っぽく立食パーティーである。
というのも、もともとこの大広間は畳の部屋であった。それをとっぱらい、立ったままで何かができるよう、洋式の間にかえたのである。
あいにく、全員が座るには椅子やテーブルが足りなさすぎる。くわえて、参加者すべてが正座なり胡坐をかけるだけのひろさもない。
物理的な要因で、立食パーティーにせざるをえなかったわけである。
立食パーティーという今の日本にはない様式を提案したのは、おれたちである。
おれたちというのは、これまた当然のことながら俊冬と俊春とおれである。
洋式チックに立食パーティーとはいえ、提供されている食事は洋式ってわけではない。
コック帽にコックコート姿のシェフが、十勝牛のローストビーフを切り分けてくれたり、鉄板で五センチ強の厚さのステーキをパフォーマンスをまじえながら焼いてくれるわけではない。
旅籠の夕餉や朝餉にでてくるおかずが大皿に盛られ、テーブルの上に並んでいる程度である。
それと、塩むすびも。
それでも、日頃は粗食に耐えている将兵にとってはごちそうである。
みんな、おおよろこびで喰っている。
新撰組の隊士として、市村と田村、それからいまは新撰組の隊士扱いになっている沢と久吉も参加している。
かれらもよろこんで喰っている。
壮行会の冒頭に、榎本と海軍奉行の荒井、つづいて陸軍奉行の大鳥がそれぞれ激を飛ばし、それからは料理をひたすら喰った。
料理は、あっという間になくなった。とはいえ、よほどの大食漢でないかぎり、ほとんどの将兵は腹いっぱい喰えたであろう。
それからやっと、落ち着いた。
呑み喰いがおわれば、あとは駄弁るしかない。
というわけで、歓談の時間となった。
日頃、接触しないような隊の将兵とコミュニケーションをとるには、これはいいチャンスかもしれない。
隊の垣根をこえ、将兵たちは談笑している。
事件は、そんなひとときのなかでおこった。
突然フランス語の怒号がおこり、