部屋に通されて

部屋に通されて、この間と同じ場所に座ると、横にお弁当の入った鞄を置いた。

 

武藤はポケットから出した社員証らしき物で、部屋の解除をして部屋には入らず、お茶を入れて参りますと歩いて行ったが、社員証は首からぶら下げられていて、最初にそれは確認していた。

 

そもそも、グリーンの社員証の武藤の物ではこの部屋の鍵は解除されないはずだ。

では、解除したあの社員証は何だという話になる。

 

(あれ…倫也さんが渡す様に預けたパスだろうな。秘書室に忘れたとか言ってたけど、最初から秘書室で連絡を受けてそれを隠して迎えに来て、ここまで案内したいから隠してたって事でしょ?何考えてるんだろ。)

 

何がしたいのか分からないなと、呆れ半分で手帳を出し、鞄の中のスマホの録音機能を準備して、手帳の横に置くつもりで手に持っていた。

 

コンコンとノックが聞こえると、返事と共に録音を押し、笑顔を向けながら手帳の横に裏返して置いた。

 

「ありがとうございます。」

お茶を横から膝を付いた状態で置かれてお礼を言うと、いいえと軽い会釈があり、お盆を見るともう一つ湯飲みが載せてあった。

 

当然の様に、そのお茶を倫子の対面に置くと、そこへ武藤は座り、横にお盆を置いた。

 

(うわ!また座るの?そして、またお茶も持って来たんだ。)

 

呆れつつ強く声を出す。

 

「パス、秘書室にあるなら取って来て頂けます?それとも新藤に秘書の方に預けたと聞いていたけど、お持ちでないみたいですよと言った方がいいですか?」

 

倫子が言わなければ、知らない振りを通すつもりだったのだろう。

一瞬、強張った表情をしてから、上着のポケットからテーブルにパスを載せられた。

 

「持っておられたんですね?」

「お茶を運ぶ前に取りに行きました。遅くなり申し訳ありませんでした。」

 

スッと引いて、パスを確認して鞄に入れた。

 

新藤倫子、と書いてあるゴールドのパスだった。

 

彼女が本当に倫也の浮気相手だとしたら、これを見て、自らの手で渡すのは悔しいに違いないと倫子は考えながら、目の前の相手の出方を窺っていた。この前と同じく湯飲みを手に取り、そうする事が当たり前の様にお茶をゆっくりと飲み、その間、倫子は素知らぬ顔でその姿を見ていた。

 

カチャッと茶托と湯飲みが合わさる音がすると、徐に武藤は倫子に顔を向けた。

 

「今日は相手のお顔を見ているんですね?若い方も学習されるのね。」

クスッと笑って言われて、倫子は笑顔で答える。

 

「そうですね。この前、武藤さんは目の前に人がいても平気で自分の事が出来る、礼儀ってどうなっているのでしょうねと、言われていましたものね?登録に来られる若い方と良くお会いになるんですか?」

 

「ええ、人が足りない時は時々、登録部のお手伝いを。どうしてもと頼まれて。新藤さんが不在でも私にはやるべき仕事は沢山あるのですけど、頼まれてしまうと嫌とは言えなくて…。」

 

「そうですか。その場合、登録に来た人は会って戴く立場ですから、相手の前で自分の事をするのは間違っていて礼儀がないと言えますが、この前も今日も、私はあなたを訪ねて来たのではなく、私の夫を訪ねて来たのです。その場合、歓迎しないお客だとしても迎える立場なのはあなたで、客人の前で同じ立場で座り、お茶を飲むのは礼儀がないとは言えませんか?」

 

この前は唖然としてしまい、倫也の仕事の事も考えて言えなかった言葉を倫子は武藤に冷静な口調で言った。

 

「それは……お客様というよりは新藤さんの奥様ですから身内…の様な…それにお待ちになる間の時間をお付き合いしようと、普段の新藤さんのお話をお聞かせしようとご好意で。そうでした。新藤さん、この前、外で食べられる予定が急にお戻りになって…。」

 

倫子の正論に少し怯んでから言い訳をして、話題を変えようと考えたのか、自分の優位に持っていこうとしているのか、武藤はこの前同様、勝手に話し始めた。

 

「外は混んでいたからと言われて、お弁当を二つ手に戻られて、私にもどうぞと、下さったんです。ですからお茶をお淹れしますと、お茶を入れて戻ると、このテーブルの上にお弁当が置いてあり、私は今日の様にここへ座り、一緒にお弁当を食べたんですよ。」

 

「そぉ〜ですかぁ。」

 

前の時なら倫也め!となったかもしれないが、少し嫌だったが思い切って来て良かったと、武藤を見ながら倫子は思っていた。