浜の真砂は尽きるとも世に何とやらの種はつきまじと言うが

はて、浜の真砂は尽きるとも世に何とやらの種はつきまじと言うが、これはどういう事でござるかな?テッフネールは疑問に思い、宿を借りた百姓家で尋ねてみた。「この辺りは、街道に無頼な者も見かけず、随分と穏やかでござるな。」「いんや、つい先頃までは、野盗の類いがうようよしとっただ。」「ほう、そうでござるか。しかし、今はいないみたいでござるが何かあったのでござるか?」「それが、タゴロロームの軍司令官がハンベエとかいう人にInternational School代わってから、朝に夕にタゴロローム守備軍の兵隊さんが隊列を組んで、街道を行軍してるだ。うろんな奴がいたら、取っ捕まえて連れて行っちまうだ。それに、前はタゴロロームの兵隊さん自体が畑を荒らしたり、鶏を持ってたりとロクなもんじゃなかったけんど、今は何か持ってくにしてもちゃんと金を払ってくれるようになっただ。まだ若い軍司令官さんらしいが、わしらは大助かりだで。」「ほう、そうでござるか。」話を聞いたテッフネールは苦い顔になった。(若造め、人気取りは上手いようでござるな。上官を弑するような悪逆人のくせに。)「すると、そのハンベエという御仁、評判が良いのでござるな。」「それが・・・。わしらは助かってるだが、色んな話を聞くだ。とんでもない乱暴者で、気に入らない者は見境なく殺してしまうって評判だで。何でも、身の丈(たけ)一丈を越す大男で、口は裂けて牙が並び、目は血のように赤く、牛を一頭生きながらにして喰らい、それが一日の食事らしいだ。」うっ、とテッフネールは百姓の話に吹き出すところだった。それじゃ化け物だ。「そんな化け物みたいな御仁なのでござるか?」笑いを堪えてテッフネールは百姓の話に相槌を打った。「いや何、わしも見たわけではないだが、何しろ以前タゴロロームで暴れた時には二百人も人を殺したって話だ。やっぱり化け物なんではないだかなあ。」「何と化け物がタゴロロームの軍司令官でござるか、それでは安心して暮らせないないでござるな。」「それが、今タゴロロームには王女エレナ様がおいでになり、そのハンベエという人はエレナ様に全く頭が上がらないらしいだ。」「エレナ姫様が・・・しかし、話のような化け物なら姫様など一呑みに喰らってしまいそうだが。」「姫様を喰らってしまう。・・・そりゃとんでもない話だで。あんなお美しい姫様を。」「姫様の姿を見た事がござるのか?」「時々臣下の者を率いて、馬を走らせているのを見かけるだ。金の甲冑を身に纏われて、それはもう、この世の人とは思われぬ美しさだで。」「しかし、そのように美しい姫様に化け物のようなハンベエが頭が上がらぬというのは不思議な気もするでござるが。」「不思議と言えばそうとも言えるだが、きっとあれだで、自分の身が化け物だからこそ、美しい姫様に弱いんだで。」「それほど美しいのでござるか、姫様は?」「それはもう、あれほど美しい人なら、側に仕えるだけで幸せってものに違いないだ。」「ほう。」「そう言えば、あんた見たことのない剣を持っているようだが、少しは使うだか?」「ふむ、少しは使うでござる。」「強いだか?」「みどもは強いでござるよ。」「嘘だあ。」「ははは。」 百姓とテッフネールは声を合わせて笑った。テッフネールの正体を知ったら、百姓は笑わなかったに違いないが、見てくれはちょっとくたびれた初老の剣士にしか見えないテッフネールなのであった。一夜明け、朝焼けの雲を左肩越しに打ち見ながら、ゆるゆると歩き始めたテッフネールに百姓は軽い弁当を持たせてくれて忠告した。「昨日の軍司令官の話はただの噂だから、真に受けたらいかんだで。それと、言わずもがなな事で言うのも失礼と思うだが、もう若くはないんだから、無茶はしたらいかんで。」「分かってござる。・・・しかし、みどもは無茶な事をしそうに見えるでござるか?」「うんにゃ、分からん。分からんが気になっただ。」「世話になってござる。」テッフネールは一礼して百姓家を辞した。昨日、化け物と言う以外にハンベエについて妙な事を聞いた。今度の新しい軍司令官は、風呂という物がむやみやたらと好きらしい、と言うのだ。タゴロローム守備軍陣地内にも幾つか設備を整え、兵士に入浴を奨励しているらしい。