だが、歳月を経るに連れ

だが、歳月を経るに連れ、フデンの名声は隆々と上がる一方、テッフネールは小隊長から少しも出世する事無く、あまつさえ、『冥府の水先案内人』などという有り難くない異名を奉られる始末であった。いつしかテッフネールは狷介で人を容れぬ性質になってしまった。更には、上官の命ですら気に入らなければ横を向いて無視するようになった。腕に覚えのテッフネールは文句が有るなら言ってみろ、と言う荒んだ態度で過ごすようになっていた。それでも、肉毒桿菌 ステルポイジャンが権力を掌握した時には多年の不遇を一挙に取り戻すかのように大隊長に昇進した。連隊長も夢ではなかったようだ。だが、その時にはテッフネールがひそかに競争相手と考え、雌雄を決する機会を望んでいたフデンは既に引退して、伝説の彼方に消えていた。遂に己の武名を輝かす機会は無くなった、とテッフネールは思ったようだ。今更何を連隊長・・・言い表しようの無い虚しさに胸を焼かれ、天を呪って軍を去って行ったのであった。人と和す事の無くなっていたテッフネールは誰にも己の胸中を明かさなかった。傍(はた)からから見れば、これからいよいよ高みに昇れようというテッフネールの隠遁に、ゴロデリア王国軍の将士はただ首を捻るばかりであった。隠遁していた十年、テッフネールは己の人生を深く省察したであろう。そして、武運に恵まれなかったのだ、これも又天の為すところと諦めの気持ちを抱いた事もあろう。武運に恵まれなかった?・・・テッフネールは戦場を馳せて身を全くし、功名の内に去った。武運には恵まれていたのではないか、という見方もある。だが、本人に言わせればそれは違うであろう。我ほどの武勇あればそれは当たり前の事、もっと華々しい活躍の場が与えられて然(しか)るべきであったと。虚しさのあまり世を捨てたテッフネールであったが、その一点を思うと己の人生に納得し難い恨みが残った。ステルポイジャンからハンベエという男の話を聞いた時、テッフネールは血の逆流する思いであった。二十歳そこらの若造が、腕っ節に任せて上の者を打ち倒して、取って代わる。しかも、それが将器と囃される。そんな事が許されて良いのか。軍に在籍中、冷や飯を食わされ続け、テッフネールも何度上官を斬ろうと思ったか分からない。だが、この男は感情を殺し、耐え抜いたのであった。何故なら、軍は秩序を重んじる。そんな事をすれば、組織は崩壊するであろう。軍人として、それだけはやってはならない。そう思って耐えたのであった。テッフネールはそういう男であった。だが、ハンベエという男はその禁忌を冒(おか)した挙げ句、逆に軍司令官にまで昇りつめてしまったという。この世に神という者がいるなら、我が身の我慢は何であったのか・・・テッフネールの胸中で狂瀾の黒いつむじ風が吹き荒れた。その上、ハンベエ抹殺を持ち掛けたステルポイジャンの口ぶりの中にさえ、何処かしら、そのハンベエという若者を賛美している臭いが感じられたのである。テッフネールはステルポイジャンが嫌いではなかった。ステルポイジャンに中隊長、大隊長と抜擢してもらった事には感謝の念を持っていた。隠遁の身ながら、呼出しに素直に応じたのはそれ故であった。だが、『まさか、その方、武将に志が有ったのか?』の一言はテッフネールの心を逆撫でするものであった。空とぼけて見せたが、相手がステルポイジャンでなければ、『何を解りきった事を、軍に身を置いてそれを志さぬ者などいるものか!』と怒鳴り付けたかも知れない。そこへ持って来て、ハンベエへの将器であるという評価である。テッフネールが屈折して、依頼をすんなり承けなかったのも頷けよう。その荒んだ心がテッフネールにステルポイジャンの依頼を承けず、モスカの依頼を承けるという行動を取らせたと言える。