どんな風に唯由の気分を良くさせる褒め言葉を言っているのか、蓮太郎は、義母、に訊いてみた。
だが、虹子は機嫌悪そうに、
「知らないわよ、playgroup そんなこと」
と言ってくる。
「私は思ったままを言ってるだけよ。
あなたも思ったまま言いなさいよ。
唯由さんの料理になら、幾らでも褒め言葉は出てくるでしょう?
唯由さんはあなたが好きなんじゃないの?
あなたが言えば、なんでも喜ぶわよ。
もう切るわよ。
充分な睡眠をとらないと肌が荒れるのよっ」
一気にそうまくし立てられる。
横からまた唯由が口を挟んできた。
「お義母さま、すみませんでした。
今度、安眠できそうな真正ラベンダーのオイルでも送っておきますね」
「そんなものより、早く三条に料理を届けさせなさいっ。
切るわよっ」
虹子がそう叫び、電話はほんとうに切れた。「お前が継母や嫌がらせする妹とさほどストレスなくやっていけてた理由がわかったぞ。
お前、実は我慢しないな?」
言いたい放題じゃないかと言うと、
「そうですね。
どっちもどっちなのではないですかね?」
と唯由は自分で言った。
「やられっぱなしだと嫌な気持ちが料理にも出てしまうので。
ストレスためないよう、思ったこと、すべて言い返しています」
「……お前をいじめつづける方がストレス溜まりそうだな」
大丈夫です、と唯由は微笑んだ。
「お義母さまがストレスで胃を痛めたら、私が美味しい中華粥を作ってさしあげます」
「何故、そこで中華粥なんだ」
「お義母さまがお好きだからです。
私も好きです。
赤いクコの実のせるの、可愛いですよね」「……仲がいいのか悪いのか」
と呟く蓮太郎に、
「お義母さまとお母さんもたまに話してますよ。
と唯由は笑って言う。
どっちもコブラな予感がするが……。
蓮太郎は、鎌首をもたげて、頸部を広げ、威嚇し合う二匹のコブラを思い浮かべていた。
「ともかく、私は一生懸命作ったお料理を美味しくいただいて欲しいんです」
ふと、自分に嫌がらせをする義母と妹のために、慣れない料理をする唯由の姿が思い浮かんだ。
料理本を広げ、せっせと一ページずつ作ってみているところを想像すると、ちょっと泣けてくる。
いや、遠慮なく言い返すシンデレラではあるのだが……。
気がつくと、蓮太郎は唯由の腕をつかんでキスしていた。
だが、すぐに、
はっ、しまった……っ、と思う。 いや、しまった、ではない。
愛人なんだから、キスしてもいいはずだ。
だが、唯由は照れている。
そして、自分も照れている。
「か、帰ろう、もうっ」
と蓮太郎は立ち上がった。
だが、唯由は、
「帰しませんっ」
と腕をつかんでくる。
お前、照れながら、なにを言っているっ、と思ったが、唯由は叫んだ。
「デザートにゼリーを作ったんですっ。
もうできた頃ですっ。
食べるまで帰らないでくださいっ」
全部食べていただくまでは帰しませんっ、と言う勢いの唯由に、
……確かにせっかく作ってくれたのに悪いな、と思った蓮太郎は、結局戻って食べた。
お互い目も合わせないまま、チャカチャカと急いで。
帰り際、蓮太郎は困る。
あなたが思ったままを言えばいいのよ、と言われたが。
言いたいことがありすぎて、なんと言っていいのかわからない。
唯由が本を見ながら、せっせと慣れない料理を作っていたことを想像して、泣けてきたからはじまり。
今日の料理、ほんとうに美味しかった、に至るまで、長く長く語ってしまいそうだった。
長いのはよくない。
プレゼンでも端的な方がウケる。
蓮太郎は唯由の目を見つめた。
その手を握る。 唯由の目を見つめたまま、強く握手した。
ひとつの言葉より、ひとつのスキンシップ。
そう笑って蓮太郎の肩を叩いてきた海外支社帰りの部長のことを思い出しながら。
スキンシップ、よしっ。
あとはこれで、一言、心を込めて言えばいいんだ、と蓮太郎は思った。
『ほんとうに美味かった』
そんな風に思いの丈を素直に伝えれば。
蓮太郎は笑顔で口を開いた。
「お前が好きだ」
唯由がフリーズする。
どうしたのだろう。
俺が美味いと言うと思わなかったのだろうか。