Entries from 2024-01-01 to 1 year

濃姫の御座所の部屋数が異様に多いのも

濃姫の御座所の部屋数が異様に多いのも、それらを紛らわすためのカムフラージュであった。 「お菜津──。胡蝶の朝餉を持って参った故、台所で温め直して来るように」 「はい、御台様」 お菜津は一礼すると、齋の局から御膳を預り、速やかに台所へと移動した。…

「まぁほんに。

「まぁほんに。実に見事なものでございますなぁ」 濃姫と齋の局が、穏やかな心持ちで寒桜を眺めていると 「──姫様、ほんにようお似合いでございます」 「──そうであろうか…。少し派手過ぎはしまいか?」 「──いいえ、全く。上様がご覧になったら、さぞやお喜…

その正面には、道三と小見の方の位牌や

その正面には、道三と小見の方の位牌や、仏具、供物などが並べられた祭壇が設けられており、 部屋の格子窓から漏れる薄日が、それらを淡く照らしていた。 「──齋、扉を閉めよ」 「はい」 齋の局が二つ目の杉戸を閉じて、先程と同じように閂をかけると、 濃姫…

な面持ちで述べると、濃姫は口の両端に

な面持ちで述べると、濃姫は口の両端に小さな笑窪を浮かべた。 「お鍋殿は、側室のの葉をお聞きになったら、そなた様へのご寵愛はますます深まろうのう」 濃姫が和やかな風情で言うと、お鍋は「あっ」となり、慌てて畳の上に両手をつかえた。 「お許し下さい…

濃姫が、昔と変わらぬ強気な微笑を湛

濃姫が、昔と変わらぬ強気な微笑を湛えて言うと、 お鍋は一瞬 呆気に取られたような表情を浮かべながらも、 やおら “ してやられた ” とばかりに微笑んで 「それはそれは──まことにお見逸れ致しましてございます」 と、降伏の一礼を垂れた。 「ふふふ、四十…

のことが悟られぬよう

のことが悟られぬよう、私も三保野殿らも常に気を配っております故」 「…有り難いことじゃ。私一人の為に、皆がそこまでしてくれるとは」 「お一人ではありませぬ。お方様と吾子様、お二人の御為にございます」 「んふふふ、そうじゃな」 双の頬に可愛らしい…

もう何度口にしたか分からぬ言葉を

もう何度口にしたか分からぬ言葉を、良通が悲痛な面持ちで呟くと 「……殿への戒(いまし)めになればと思い、信長殿のもとへ間者の報を流したというのに。とんだ無駄骨でござった」 守就が思わず口走ると、良通は慌てて唇の前に一本指を立てた。 「安藤殿!その…

「殿、どうか某(それがし)をお斬り

「殿、どうか某(それがし)をお斬り下さいませ!」 と薮から棒に訴えた。 「飛騨──急に何を申すのじゃ」 「あの女人を尾張へ差し向ける旨を提案致したのは、誰あろう某でございます! 此度の責任は全て某にございまする……どうか、殿のお手でご成敗下さいませ…

「それは奥においても同じこと

「それは奥においても同じこと。殿の御子を産み育てたる側室たちの中に、一人でも邪な感情を抱くような者がおれば、 いずれは裏切りや内紛を招き、今のような平穏は保てなくなるでしょう。特にこの戦乱の世においては、 女人の言動は殿方のそれに比べて何か…

三保野が枕元に目をやると

三保野が枕元に目をやると、文らしき白い紙の束が、平盆の上に幾つも置かれていた。 「お方様へお出しするつもりであった、お文にございます…。出そう出そうと思いながらも、 私の病や、御子たちに関することばかりを綴(つづ)っております故、貰っても迷惑に…

『  そなた様の今の姿を見たら

『 そなた様の今の姿を見たら、亡き御子も草葉の陰で泣いておる……などと、物語に出てくるような言葉を口にするつもりはないが、 今、本当に慰められるべきなのは、そなた様ではなく、世に未練を残したまま死してしもうた、御子の方ではなかろうか 』 『 …義…

信長はあさっての方向に視線をや

信長はあさっての方向に視線をやりつつ呟くと 「ならば見舞いに参らねばな。お濃は奥の御座所にいるのであろう?」 信長は素早く毛沓を脱ぎ、奥御殿に向おうと取次ぎに上がった。 「お…お待ち下さいませ!それはなりませぬ!」 お菜津は慌てて声を張ると、歩…

はなから用意されていた感が否めず

はなから用意されていた感が否めず、類は怪訝そうに表情を歪めた。 「三保野、類殿にお茶を点てて差し上げよ」 「……は、はい」 三保野は頭を下げるも、何やら落ち着かぬ様子である。 茶を点てる仕草にも品がなく、終始そわそわしていた。 濃姫はそれを見て、…

「──お方様のお成りにございます」

「──お方様のお成りにございます」 外から、濃姫の訪れを知らせる声が響いて来た。 類はハッとなって居住まいを正すと、剥き出しの畳の上に素早く三つ指をついた。 やがて、上段の端にある襖が静かに開き、シュル、シュル…と衣擦れの音を立てながら濃姫が室…

「何やらお顔の色が優れぬよう

「何やらお顔の色が優れぬようにお見受け致します。外に出て、庭の草花などを拝見なされば、少しはお気持ちも晴れやかになるかと」 千代山のその白々しい言い方に、類は思わず鼻白んだ。 しかし、この華やか過ぎる部屋で、あと半刻(1時間)以上も千代山や、…

それを機にしてか

それを機にしてか、殿も生駒家の家屋敷へは頻繁に出入りするようになられたと、左様聞き及びまする」 「…そうであったか。殿がのう…」 まさか夫にそんな贔屓の場所があったとは。 思っている以上に自分は信長のことを何も知らないのだと思い、濃姫は少々複雑…

この動きに伴い同年八月二十二日

この動きに伴い同年八月二十二日、信長も名塚の地に砦を築かせて重臣・佐久間盛重を守備に付かせた。 翌二十三日には、雨天の中、柴田勝家が一千人の兵を、林兄弟が七百ばかりの兵を率いて出動。 更に翌二十四日に、信長も清洲から出陣し、稲生原にて両軍は…

程なく、場所を御殿の外に移した濃姫と信勝は

程なく、場所を御殿の外に移した濃姫と信勝は、それぞれのお付きを背に伴って、城内の庭園を散策した。 広々とした庭の中央には大きな水辺が設けられ、瑞々しい程の花弁を広げた白い蓮花が今を盛りと咲き誇っている。 庭の道々にも、あふち(センダン)や薄紫…

眉根を寄せる信長に、姫は笑んで応えた。

眉根を寄せる信長に、姫は笑んで応えた。 「至極簡単なことにございます。確かにその刀は、私にとって何にも代え難い大切な物でございました。 なれど、それはもはや昔の話。今の私にはもう、刀などよりもずっとずっと代え難いと思える物が出来ました故」 「…

殿ならばきっと、その隠れた才を活かして

殿ならばきっと、その隠れた才を活かして、どのような窮地からも見事に抜け出されましょう」 「…三保野」 「殿のお味方になると決められたのは姫様です。最後までお信じになられませ」 三保野の強く優しい言葉を受けた濃姫は、ふいに、自身の腹部へと視線を…

御髪はいつもの茶筅髷であったし

御髪はいつもの茶筅髷であったし、服装は袖のない湯帷子、腰には刀や鞭などを下げ、手には真新しい鞍(くら)を掴んでいる。 濃姫にはどう見ても、馬の稽古に出掛ける前に、ついでに立ち寄っただけのようにしか見えなかった。 いずれにせよ時間通り皆の前に姿…

「無論じゃ。必ずや儂が信勝殿を説き

「無論じゃ。必ずや儂が信勝殿を説き伏せ、あのうつけ者を討つように仕向けてみせるわ」 信友が軽快に笑う様を、大膳は暫し険しい表情で眺めると 「承知致しました。殿のお手並み、しかと拝見させていただきまする」 急に笑顔に切り替え、ゆっくりと低頭した…

「じゃが、それでは…」

「じゃが、それでは…」 「それでは我々が齷齪(あくせく)と信勝様擁立に努めている意味がないではござらぬか!」 信友が言おうとするのを遮り、大膳が怒声を響かせた。 「肝心の信勝様のお心が定まっていなければ、信長殿から当主の座を奪う事はおろか、いざ…

柴田権六ら信勝を支持する家臣た

柴田権六ら信勝を支持する家臣たちが密かに集まり、何やら穏やかならざる雰囲気を醸し出していた。 そんな彼らを、家老の坂井大膳(だいぜん)、河尻与一、織田三位(さんみ)ら信友の重臣たちが、一歩引いた所から淡々とした表情で眺めている。 「ほぉ…、では美…

「は、はい。承知致しました」

「は、はい。承知致しました」 「お聞き下さいませ殿。先程 竹千代殿が言われていたことは、本当に──」 「儂は皆の所へ行って作業を手伝って参る!竹千代、お濃を頼んだぞ!」 まるで濃姫の言葉から逃れるように、信長は独り堤防の方へ駆けていった。 『 ほ…

土田御前は独り言のように呟いた。

土田御前は独り言のように呟いた。 「大殿が何かと信長殿に期待をかけております故、わらわや家臣たちも黙って従っておりまするが、 信長殿ご本人が跡継ぎの座から退いて下されば、信勝が織田家の後継者となり、全てはまるく収まるのです」 「……されど殿には…

「まあ。お召しになっている

「まあ。お召しになっているそのお小袖、何とも雅やかでございますなぁ。 淡い藤色が帰蝶殿によう似合うておりまする」 「忝(かたじけ)のう存じます」 「このように見目麗しく、ご才知にも優れた帰蝶殿の夫が、あのうつけ者の息子とは…。親として、恥ずかし…

濃姫が確信付いたように言うと

濃姫が確信付いたように言うと 「あの……姫様?」 「何じゃ」 「信長様が御寝所から出て行かれたというのに、何故、そんなにも笑(わろ)うておられるのです?」 三保野は怪訝そうに姫の面差しを眺めた。生髮帽 彼女の言う通り、濃姫の満面には華やかな微笑が浮…

突如信長は、姫を褥の上へと呼び寄せた

突如信長は、姫を褥の上へと呼び寄せた。 安堵感を得たばかりの濃姫の心の中に、再び不安と緊張の波が押し寄せてくる。 二人で長々言葉を交わしていたせいか、床入りへの覚悟がすっかり薄れてしまい、不安と緊張を除けば後は動揺しか残っていなかった。 こん…

「これは、ご無礼を」

「これは、ご無礼を」 ハッとして濃姫が俯くと、信長はふっと笑い、口の片端を緩くつり上げた。 「儂があまりにもいい男故、見惚れておったのか?」 「け、決してそのようなことはっ」 「良い良い。左様な理由の無礼ならば許してやる」植髮成功率 「いえ、で…