「これは、ご無礼を」
ハッとして濃姫が俯くと、信長はふっと笑い、口の片端を緩くつり上げた。
「儂があまりにもいい男故、見惚れておったのか?」
「け、決してそのようなことはっ」
「良い良い。左様な理由の無礼ならば許してやる」植髮成功率
「いえ、ですから…」
「我が織田の兄妹らはのう、性格にはか難があるが、面構えだけは優れた者が多いのだ。
信勝、妹のお犬、それから一昨年前に産まれたお市などは、まだ幼いが目鼻立ちが儂とよう似ておってのう。
お市は将来、きっと類い稀なる美女になるであろう。機会があればそちにも会わせてやる」
「…のう…存じます」
「まあ見てくればかりが良うても仕方ないが、少なくともそちが美形であって安堵しておる」
「 ? 」
「蝮殿が溺愛する姫じゃ故、面や性格まで蝮殿に似ておるのかと思うて少々心配しておったのよ。
斎藤家から嫁を迎えたせいで、唯一の良点である器量良しの血筋に乱れが生じたのでは堪らぬからな」
信長の軽い侮蔑に、濃姫はくっと眉間に皺を寄せる。
「されど蝮殿の戦の才は欲しいものじゃ。親父が何度挑んでも討ち果たすことが叶わなんだ……凄い男よのう、そなたの父は」
「──」
濃姫は当惑した。
侮るようなことを言ったかと思えば、今度は褒め称える。
信長という男はかなりの偏屈なのか、はたまた思ったことをありのままに口にする素直な性格なのか。
姫には俄に判断がつかなかったが、少なくとも悪気があって言っている訳ではないようである。
「して、その蝮殿の娘であるそなたは、いったい何が出来るのだ?」
「…何がと申されますと?」
「蝮殿は槍の名手じゃが、そなたも槍が得意なのか?」
濃姫は小さくかぶりを振った。
「ならば、刀か?それとも弓が得意なのか?」
「いえ…。武術は不得手でございます」
姫の返答に、信長は意外そうな顔をする。
「武術が不得手とな?」
「はい」
「ならば得手なものは何じゃ?」
「花、香、茶の湯…、あと鼓や琴も得意でございます」
「何と!? それでは、そこらにいるおなごたちとまるで変わらぬではないか」
信長の口からドッと大きな溜め息が漏れた。
「つまらぬ。つまらぬのうー」
「畏れながら、何がでございましょうか?」
「“蝮の道三の娘”というから、さぞや槍や刀の腕に長けた姫と思うておったのだが……とんだ期待外れであったな」
それは姫にとって、一番言われたくない言葉であった。
父を尊敬する一方で、常にその父と重ねて見られることを、ずっと耐え難く思っていた──。
彼女にとってその発言は、とても聞き捨てることが出来ないものだった。
「そなたをかえして、蝮殿の槍術(そうじゅつ)の秘技でも知れるかと思うて、楽しみにしておったのにのう」
更に言葉を重ねてくる信長に
「違います…」
「何?」
「私と父上様は違います!」
たぎるような瞳で、濃姫はキッと相手を見据えた。
「私は私でございます!父上様が槍の名手であろうと、美濃の名将であろうと関係ございませぬ!
父上様には父上様の得手・不得手がございますように、私には私の得手・不得手がございます!」
ゆくりもなく叫び始めた新妻に、信長も一瞬唖然となる。
「何だ、どうしたのじゃいきなり !?」
「あなた様とて、信勝殿の兄上であられるというのに、弟君のような品性も教養もないではございませぬか!」
信長の顔が思わず強張った。
「…そ、そなた!誰に向かってそのような口をきいておる!」
「あなた様以外に、この場に誰がいるというのです !?」
「─! ぶ、無礼者めがっ」
信長は激昂したが、濃姫の反論は止まらなかった。
「無礼なのはそちらも同じではありませぬか!もそっと弟君のように品正しくなさったら如何なのです !?」
「そんなに品性を重んじるのならば、儂ではなく信勝の妻になれば良いではないか!」
「嫌でございます!」
「……嫌じゃと !?」
「私は織田信長という男の妻になるために尾張へ来たのです!信勝殿の妻になるためではございませぬ!」
その真っ直ぐな言葉を受け、やおら信長の勢いが薄れた。