その正面には、道三と小見の方の位牌や、仏具、供物などが並べられた祭壇が設けられており、
部屋の格子窓から漏れる薄日が、それらを淡く照らしていた。
「──齋、扉を閉めよ」
「はい」
齋の局が二つ目の杉戸を閉じて、先程と同じように閂をかけると、
濃姫は祭壇の前に敷かれたの上に座して、静かな面持ちで拝礼した。
御台が手を合わせている間に、齋の局は持参した果物や菓子の一部を、手際よく祭壇の高杯の上に供えてゆく。
蝋燭に火を灯し、濃姫はそのまま数分間、齋の局と共に心から両親の冥福を祈ると
「また夕刻に参りまする」artas植髮
と位牌に告げて一礼し
「…では中へ入ろう。皆が待っておる故な」
そう言って茵から立ち上がると、に祭壇の裏へ回った。
壇の裏には、ひと一人が通れる程の隙間があり、濃姫は齋の局を従えて、身を滑らせるようにしてそこへ入っていった。
そして、祭壇裏の壁を無造作に手で押し始めたのである。
すると、壁の一部がキィ…と音を立てて奥に沈み、
ちょうど大人一人がんで通れるくらいの、小さな隠し扉が現れた。
濃姫が何のもなく扉の奥へ入って行くと
「み、御台様、お待ち下さいませ…っ」
齋の局は小声で叫びながら、持って来た御膳や、残りの菓子や果物などを、
“ ずり ” という先端に紐のついた長板の上に大急ぎで乗せて、それを引きずりながら濃姫の後に続いた。
隠し扉を抜けると、その先には細長い廊下が続いており、
廊下の突き当たりの、その右奥には、また別の通路が伸びているのが確認出来る。
濃姫たちは目の前の廊下を真っ直ぐ進み、やがて右へ折れた。
右奥に続いていた通路は距離が短く、少し進めばまた突き当たりで、先程と同じく右へ進めるようになっている。
そんな一方通行の廊下を、二人は黙って進み行くと、右に折れたその先に、障子紙が貼られた鉄製の格子扉が現れた。
扉の隙間からは、女たちの華やかな笑い声が微かに漏れている。
濃姫はそれを聞いてパァっと顔を輝かせると、
目の前の格子扉を開き、一目散に中へと入っていった。
「また左様にお一人でお早々と…! 御台様、お待ち下さいませ」
両手でずりを引きながら、齋の局も必死の面持ちで主人の背を追いかけた。
格子扉を抜けると、その先には短い廊下が続いており、そのちょうど中程に、
やや厚めのの垂れ幕が、天井から下の床板まで、道筋を覆うように下げられていた。
濃姫と齋の局が、その垂れ幕を、軽く横にずらすようにしてり抜けると、
奥へ入った二人を真っ白な陽光が出迎えた。
薄暗かった通路から、急に明るい所へ出た濃姫の目は、一瞬ぼんやりとしていたが、
すぐに視界がはっきりとし、前方に伸びる畳敷きの御入側が映った。
入側は15メートルほど先まで続いており、その右手には、小さな部屋が三つほど並んでいる。
また、を挟んだ左手には、淡色の寒桜が咲きほこる、美しい前庭が広がっていた。
「見よ齋。昨日までは全て蕾であったのに、たった一日で、あれ、あのように花開いて…」