輿をいったん地に下ろし

輿をいったん地に下ろし、自分たちは、そこから数歩下がった場所に整然と控えた。

 

どうやら輿の中はまだ無人らしく、寺内にいるのであろう主の訪れを、待ち構えているようだった。

 

やがて、広い境内に建ち並ぶ数々の小寺の奥から

 

「──…ほんに此度の法要は、いつもよりも気楽であった」

 

七回忌を済ませた報春院が、その背に胡蝶や信忠、古沍、お菜津たちをって現れた。

 

寺門に続く長い石畳の上を歩きながら

 

「いつもは信長殿の側室たちも招いてっておった故、胡蝶がお濃殿ではないと勘付かれはしないかと冷や冷やしておったが、

 

此度は慈徳院殿以外は、 訳知りであった故、妙な気遣いをせずに済みました。いつもこうであると良いがのう」

 

報春院は言いながら、晴れやかな笑みを浮かべた。植髮成功率

「では、此度 おねた。

 

「幸い健勝に過ごしているとはいえ、わらわもえるのです」

 

「私の為に、いつもお祖母様にはご迷惑をかけまする」

 

胡蝶が謝すると

 

「何、もう慣れっこじゃ」

 

報春院はに笑った。

 

「胡蝶の事、それから信忠殿の事と、の多いそなた達のお陰で、わらわはずっと気の遣いっぱなしじゃ。

 

なれどそのお陰で、退屈するになっても人の役に立てておるのじゃからのう」

 

幸せなことよ、と報春院は噛み締めるように言った。

 

「…かつては、そなたらの父である信長殿を意味嫌い、うていた日々もあったが、今は心から信長殿に感謝しておる。

 

わらわに、このように素晴らしい孫たちを残してくれて。──お濃殿にも、良い子たちに育ててくれて有り難うと、心から礼を申したい」

 

「お祖母様…」

 

「まぁ、か手のかかる孫たちではあるがのう」

 

報春院が冗談混じりに言うと、胡蝶たちの間からけたような笑い声が響いた。

 

「とにもかくにも、七回忌も無事に済み、うこともないやも知れぬが、胡蝶、信忠殿、どうか変わらず健勝でな」

 

「はい、お祖母様もお元気で。またを書きまする」

 

「有り難う。──信忠殿、慈徳院殿や信松尼殿にもよろしうお伝え下され」

「承知致しました。どうぞ帰りの道中も、お気をつけて」

 

「ええ」

 

報春院は静かに頷くと、笑顔を保ったままを返し、輿を待たせている門前に向かって歩き始めた。

 

胡蝶たちはその場に足を停めて、輿に乗り込み、供の者たちを連れて去っていく報春院を見送った。

 

報春院こと土田御前は、この二年後には信雄の改易に伴って、伊勢の織田信包のもとへ身を寄せたが、

 

それから四年後の文禄三年(1594)の一月七日に、城にてその長い生涯を終えることになる。

 

我が子信長との関係に苦悩した日々もあったが、信秀の正室、信長たちの生母として常に重んじられ、本能寺の変の後も、

 

多くの孫たちによって支えられた土田御前の人生は、波乱に富みながらも、実に恵まれたものであったように思われる。

 

 

そんな彼女の輿が、妙心寺から出て行ってた、ちょうどその時

 

「旦那様ー!旦那様ー!」

 

佐吉が、その手に四角い包みを持って、主人のところに駆けて来た。

 

「遅いやないか!」

 

「…す、すんまへん!捜すのに手間取りましてっ」

 

「良いから、それを早よう!」

 

「は、はい」

 

佐吉は、手にしていた袱紗包みを主人に渡すと

 

「あ!…旦那様、あれでございます!門の奥の──ほれ、口元に布をかけてはるお方!」

 

寺門の奥にいる胡蝶を指差した。

 

主人は「分かった」と言って頷くと、足早に門を潜り、境内へ入っていった。

 

 

「──では、中へ戻りましょうか」

 

「ええ」

 

古沍に告げられ、胡蝶が踵を返すように、サッと杖の向きを変えようとした時

 

「あのー、