ハンベエが直前にい

ハンベエが直前にいた場所を例の鉄芯が空を割いて飛び去った。そのまま、元の位置にいれば、ハンベエはお陀仏だったであろう。鍛え抜かれた戦闘感覚がハンベエを救った。「あははは、躱したのかい。お前を武器で倒すのは無理のようだね。」今度はイザベラの声が四方八方から聞こえる。最早、イザベラの居場所が何処か分からない。「代わりに、試管嬰兒過程を受けるがいい。」『お前の殺した者がお前を殺す』それは、名状し難い声であった。声と言うべきか音と言うべきか、ガラスのこすれあう音よりももっと高く、しかも地の底から響いてくるような重量感を持っていた。その声は、まるで一本の矢のようにハンベエの脳天を貫いた。しかし、所詮声は声である。それ自体に殺傷能力はない。ハンベエはさして気にも止めず、イザベラの気配を探った。空気の流れを感じるべく、一心に感覚を研ぎ澄ます。「あっははは。」今度は、頭上からイザベラの哄笑が土砂降りのように降ってくる。遥か上空の雷雲から落ちて来るみたいだ。(惑わされてはならぬ。)ハンベエは茂みに向かって、手裏剣を立て続けに三本投げつけた。キンッという金属音がして、茂みから、イザベラが飛び出して来た。狼狽した表情で眼を見開き、ハンベエの方を見ている。居場所を悟られた事に驚いたようだ。相手に立ち直る隙を与えず、ハンベエはヨシミツをイザベラの頭上に投げ上げた。投げ太刀という技である。珍しい技ではない。古くから時代劇劇画などで使用されて来たお馴染みの戦法だ。相手の頭上に太刀を投げ、落ちてくる太刀に相手の注意を向けさせて、隙を突く戦術である。この戦術の要諦は中途半端な速度というところにある。人間の感覚は不思議なものでゆるい速度の物に素早い行動は普通は取れないのである。対象物の速度に同調してしまう本能があるのだ。なまじ速いスピードの攻撃をかければ、相手は反射的に行動を起こす。その反射行動を塞ぎ、惑わせるために、相手に思案させる間を持たせる事が肝要になって来る。ハンベエは投げ太刀の上に、さらに、ヘイアンジョウ・カゲトラをイザベラに向かって投げつけた。これも、中途半端な速度だ。果たして、イザベラは大いに戸惑い、一瞬、動きが止まった。しかし、すぐに後ろに一歩下がりながら、剣でヘイアンジョウ・カゲトラを払った。間髪を入れず、イザベラの手元に飛び込んだハンベエは剣を握るイザベラの右手首を掴み、左脇腹に蹴りを叩き込んだ。イザベラの体は宙を飛び、一瞬の後、地面に叩きつけられた。「う・・・ううっ。」イザベラは地面にうつ伏せに倒れたまま、呻いた。ハンベエの回し蹴りを脇腹に受けた上、受け身の取りようもなく地面に叩きつけられたため、息も満足にできないようだ。必死の形相で起き上がろうとするが、体が動かせない。芋虫のように無様にあがいている。ハンベエはヘイアンジョウ・カゲトラを拾い上げて背中にしまい、ヨシミツを右手に持って、イザベラに近づいた。イザベラは全く抵抗力を無くしてもがいていた。どうにか体を捩って、仰向けになったが、起き上がる事ができない。「殺せ。だが、お前もあたしの術を食らった。長くはないよ。」イザベラはハンベエを睨みながら、苦しそうな息の下から、かろうじて言った。ハンベエはイザベラのその様子を、相手にヨシミツの切っ先を向けながら、見つめていたが、ヨシミツを鞘に収めて、イザベラに近寄ると上体を抱き起こして活を入れた。そうして、イザベラの体を近くの木の下まで運んで、木にもたせかけた。