間一髪で久我さんが私の体を支えてくれたため

間一髪で久我さんが私の体を支えてくれたため、どうにか恥をかかずに済んだ。「大丈夫?ヒールで走るなんて危ないだろ」「絶対転ぶと思った……ありがとう」幸いヒールは折れていない。久我さんは少し呆れながらも、その顔には笑みが浮かんでいた。その笑顔を見ただけで、胸が高鳴ってしまう自分が恥ずかしい。どれだけ彼に夢中になっているのか、自分でもわからないくらいだ。「じゃあ、行こうか」「そういえば、お店は久我さんが決めてくれたんだっけ。證券公司くの?もしかして、いつもの立ち飲み?」「あぁ、それも悪くないね。でもせっかくだから、今日は君の好きなものを一緒に食べたいと思って」そう言って久我さんが連れて行ってくれた所は、すすきのにある鮨の有名店だった。店自体は知っていたけれど、あまりに自分には格式が高い印象があり、訪れたことはない。この店では限定でクリスマスディナーのコース料理を提供してくれるらしい。カウンター席に座った私は、明らかに高揚していた。「どう?気に入ってくれた?」「もちろん!まさかクリスマスに大好きな鮨を食べれるなんて思わなかった」「良かった。きっと喜んでくれると思ったんだ」久我さんは口には出さなかったけれど、恐らく相当前からこの日の予約をしてくれていたはずだ。私が喜ぶことを、彼はさりげなくやり遂げてしまう。私も、見習いたいと思った。久我さんが心から喜ぶ顔が見たいと、強く思った。「……ちょっと待って。そういえば私、イブに会えないかって久我さんを誘ったの、一週間前だよね?」ふと頭に浮かんだ疑問。私が勇気を出して久我さんを誘ったのは、今から一週間前のことだ。でもきっとこの店は、一週間前なら既に予約が埋まっているはずだ。それなのに、なぜ予約出来たのだろう。「もしかして、運良く一週間前にキャンセルが出て予約出来たとか?久我さんって、強運そうだもんね」「いや、違うよ」「え?じゃあ……」「予約したのは、君に誘われるもっと前から」「……」それはつまり、最初から私を今夜誘うつもりで予約してくれていた……ということだ。それを聞いて、私の胸は一段と激しく高鳴った。もうストレートに疑問をぶつけるのはやめよう。心臓が持たない。「……ありがとう、嬉しい」ふっと優しく微笑む久我さんと目が合う。私、この人のことを一週間前よりもっと好きになっている。日に日に好きになる箇所が増えていく。それって、凄く幸せなことだと感じた。でもこの日は、それだけでは終わらなかった。大好きなお鮨のディナーコースを満喫し、大満足で店を出た後、久我さんはタクシーを拾った。私はてっきり久我さんの家に行くのだと思っていたけれど、彼が私を連れて行ったのは札幌駅のすぐ近くにあるホテルだった。わざわざこの日のために、ホテルの部屋まで取っておいてくれたのだ。至れり尽くせりで、彼のエスコートは完璧だった。でもその反面、女性の扱いに慣れているとも感じてしまう。今までも、イブの夜はこういう流れで沢山の女性を喜ばせてきたのだろう。二人で過ごせることだけでも嬉しいはずなのに、そんなことを勘繰ってしまう自分が嫌だ。すると、そんな私の心を読んだのか、彼は口を開いた。「今、君が思っていること、当ててみようか」「え……」「今までもイブの夜はこうして彼女の好きなものを食べに行って、ホテルの部屋を予約して、喜ばせていたんだろうって、想像してた?」「……してた、けど」見事に言い当てられた私は、拗ねるしかない。実際、それは私の想像ではなく彼の過去の記憶に残っているはずだ。「残念だけど、外れだよ。今までの僕は恋愛に対して淡白だったから、イブの夜に恋人と過ごしたことはあっても、ここまでしたことはないんだ」「そうなの……?」「そう。喜ぶ顔が見たくて必死でプランを練った相手は、君だけ。だから、素直に喜んでくれる?」そんな一言で、不安や嫉妬なんてすぐにどこかへ吹き飛んでしまった。